思い出し日記2000 
 奨学生の時に、パソコンを持っていたら、きっと作ったであろうホームページ。 
今となってはネタだらけのような気がするので、 
思い出して書いていこうと思います。 
 
3月14日 
 さてさて、そんな変な始まり方をしましたが、帰りは店に戻り、配達自転車で家まで帰り、次の日の朝刊はお休みでいいと言う、なんともゆっくりな奨学生生活の始まりでした。朝起きると、隣の部屋の先輩の書き置きがあった、先輩は学校へ行ったようでした。朝ご飯を買っておいてくれていて、有り難くそれを食べ、Sとぼーっと話をして過ごし、昼飯を駅近くまで食いに行き、夕刊前に店に行きました。 
 順路帳とボールペン(黒、赤2色)を渡され、さあ出発!と言う所で、雨が降り出しました。自分の区域はもともとバイク区域だったらしく、雨だと前任者が自転車で順路を取りたく無いと言い、この日は自分以外の人は、順路を取りに出て行きました。 
 自分はその間、折り込み(手折りです)をしていました。結局雨は強くなったので、やらなくて正解でした。 
みんなが帰ってきてから夕御飯、自分の箸と茶碗を渡され、今後それを使うように指事をされる。4人くらいが座るといっぱいの食堂で、机におかずが並んでいて、それを電子レンジであたためて食べるのですが、レンジが壊れていて、タイマーのところをラジオペンチでつかんで回していました。 
 めしを食い終わり、一緒に住んでいる先輩と一緒にうちに帰ります。風呂も共同で、順番に入ります。そしてその晩は次の日の初の2時30分起きに向け、とっとと寝ました。
 
3月13日 
 次の日朝起きて、体操、ランニングをさせられる。場所が場所なだけに、神宮外苑を走る事になる。しかもみんな紫のお揃いのジャージ。そして球技。サッカーやらバレーボールをやる。 
 朝食食べて、研修。順路帳の書き方、新聞の積み方、ポストへの入れ方、折込の仕方、電話対応の仕方などなど。でも今となってはほっとんど役に立たちません。そこへ来た新聞の束には「研修会」って書いてありました。配達の仕方では、普段配達などしていない感じの所長連中が、会議室みたいなところへ自転車を持ち込んでするのですが、「新聞名を外に見えるようにポストに入れろ」などと言われても、店に行けば、傷が付かないように広告を外にするし。電話対応もなんか変だし。って役に立って無いと思えるのも、今、何一つ覚えていないからであって。自分もほとんど居眠りしていました。 
 昼過ぎに、店に引き渡し。その前に、交通費の精算。自分は上京してくる時に、鈍行で来たのでかなり浮かしましたが、しっかりと新幹線代を頂きました。 
 そして店へ。所長と良く解らないおっさんの運転するワゴンで、首都高を使って店へ。初の首都高で、不思議な気分でした。トンネルの外壁が黄色のタイルだったのが目に焼き付いております。首都高降りてからも、殺風景な印象が残っています。 
 店に着き、これから住む事になる所に行く事になる。前もって送っておいた荷物も一緒に運ぶ。しかし自分の布団が届いて無い。どうやら料金不足だったようです。そしてうちにいく。店から15分位のマンション。2Kのその一部屋に一緒に入ったSと一時的に暮らす事になる。もう一部屋には先輩が住んでいます。布団を運び、先輩と挨拶をしてまた店に戻る。 
 店から家に電話をかけたり、なんだかんだと話をして、その後歩いて近所のファミレスに行き、飯。新人歓迎会のようなもの。その後、タクシーで田町の駅まで行き、カラオケとなりました。 
 なかなか変な始まりでした。
 
1年目 
3月12日 
 奨学生になって初めてのイベントが、研修会だと思う。当然のごとく自分は参加。日本青年館に行き受付をすると、そこには配属店の所長がそこにいて、びっくりする。まずいろいろ入った袋をもらって、部屋に行く。その、いろいろ入った袋には、ジャージやら冊子が入っていた。部屋はまるで旅館、もうすでに何人かがそこにいて、お茶などを飲んでいる。集合時間までにジャージを着ていなければならないので、着替えておく。それにしてもこの、お揃いのジャージ、みんな着るとほんとに怪しい。みんな同じ色、それらがうごめくのであります、まるで中学生の合宿のよう。 
  
 そしてなんとなく話をするが、そこの部屋の人間はなかなか面白い人間が多くすぐに打ち解けた記憶がある。それなりに楽しい人間が多かった。お互いに店を聞きあうが、結局その後連絡を取った人は1人だった。何回か会ったり飯食ったりしたが、そのRは1年で辞めてしまったので、その後1回会うくらいでもうどこにいるかもわからない。研修会が始まると、まず偉い人の挨拶。な〜んとなく聞いて、ぼーっとしていた。 
 その後飯。連絡を取り合ったRにはここで話し掛けられた。やっぱみんな食う食う。そんで、夜は夜で眠い中、わざわざ部屋を暗くして配達についてのビデオを見せられる。これが怪しいのなんのって!ママチャリで配達してるし、部数は少ないし、電話対応もなんか変だし、そこいらじゅうで爆笑でした。続いて先輩奨学生のトーク「星空がきれいでした」と言うコメントを覚えてます。彼女はペットの理容師?みたいな仕事に就職したらしい。その日はそのへんで終わり。風呂に入って寝る。 

 でも、みんな寝れる訳が無い。結構夜遅くまで喋ってた記憶があります。しかも、うちの部屋は年上が多く、タバコを吸う人間が多かった。他の部屋はタバコを吸う人間がいなかった、さらに中学生の修学旅行とは違って部屋の移動も勝手にやる。そんな訳でタバコを吸う人がみんな集まって、ずっと喋ったのでした。そんな時にRもいた。 
 しかし、次の朝6時起き(自分は新聞屋の研修だから3時起きとかだと思ってた)なので日付けが変わって少ししたら(って2時くらいまで起きてたような)寝た。


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